パン一つ選べないのは「ダメな私」だから? 自分の好きがわからない理由と、隠れた愛の物語

こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

今回は、私が出会った天使みたいな美しく優しい心を持った女性のお話しです。

同じような悩みを持つ方に届くといいなと思って、許可をいただいてブログにしてみました。

「私の好きなものって何だろう」「何が好きかわからない」、これが彼女の悩みでした。

一体いつから自分の好きがわからないかも、わからないでいました。

*

自分で選ばないこと、選べないことに慣れていましたが、
どこか自分がないみたいで、空っぽみたいで、どこか不自由なような気がしていました。

ある日、パン屋さんに行きました。

でも何を選んだら、買ったらいいのかわからなくて、
せっかくお店に入ったのに、お腹もすいていたのに、何も買わずにお店を出ました。

それくらい彼女は、自分が何を選んだらいいのか、何が食べたいのかがわからなくて、
日常の中の手の届く些細なことでも、
自分の好きが見えていないこと、間違ってはいけないと思っていることに、気が付いてびっくりしました。

彼女は、今食べるパンさえも決められない自分はダメだと自分自身を責めました。
でもどうしても何が好きかを強く感じることができませんでした。

それでも、なぜ選べないんだろう、なぜ好きかわからないんだろう、と色んな事に思い巡らせるようになりました。

そして、いつからそうなってしまったんだろう?と考えるようになりました。

自分を知るために、彼女は心理学に出会いました。

自分の好きがわからない原因は、どうやらお母さんのせいらしいというところにたどり着きました。

彼女は子どものころから、お母さんの顔色を伺って、お母さんが認めてくれる選択をしていたことはわかっていました。
怒られたくなかったから、それで傷つきたくなかったから、自分で選ぶことを諦めていたんだなと思いました。

そう理解するとお母さんが憎く思えてきました。

彼女は、お母さんを自分を理解してくれなかった人、自分らしく生きることを諦めさせた人と思ったし、
そんな風に思う自分を、酷い人間だと思うようになりました。

しかし、彼女の理解は大きく間違っていました。

幼かった彼女は、お母さんの喜ぶ顔が見たかったから、お母さんの好きを選んでいたのです。

お母さんの好きじゃないものを選ぶと、
お母さんは悲しそうに寂しそうに見えたし、そんな弱さを隠すように怒りました。

怒るお母さんの苦しさを癒してあげたい、
その思いから幼かった彼女は、自分の好きよりも、
怒られて傷ついた自分を理解してもらうよりもお母さんの好きを優先させたのです。

彼女は、お母さんを愛する方法としてそれを選んだのです。それが彼女の愛からの行動でした。

まだ彼女がとても小さなころ、そんな愛し方はお母さんを癒しとても幸せにしていました。

お母さんは、そんな心優しい娘を愛おしく思いましたし、誰よりも幸せになって欲しいと思いました。

そしてお母さんは、娘が失敗しないように、傷つかないようにと先回りするようになりました。
お母さんの助けられる範囲で、守ってあげたいと思って行動したのです。

彼女も、お母さんもお互いを愛していたのです。

 *

彼女は、自分は酷い人間だと誤解を抱えながらも、
「自分の好きを見つけたい」と思い続けて、声にするようになりました。しっかりと前に進み続けていたのです。

そうすると、幼かった彼女の真実を見つけて、伝えてくれる人たちに出会いました。

はじめは、その真実を受け入れがたかったけれど、「お母さんを大好きな健気な自分だったかも」と思えるようになって、幼かった自分を労わるような気持ちを持つようになっていきました。

そしてずっと酷い人間だと思っていたのに、「少し自分を許せたような気がする」と言えるようになったのです。

そう思えるようになると、今度はパン屋さんで、パンを掴んでみることは、
実は、自分の選択肢を広げる楽しい事だったのか!と気づくことができたのだそうです。

パンを掴んでみたら思いがけず美味しいパンに出会えるかも、好き嫌いがはっきりするかもしれないと思えるようになったのだそうです。

そして彼女は、真実を伝えてくれた人たちに心から、
「私の幸せや可能性を信じて応援してくれてありがとう」と思ったのだそうです。

*

私は、自分や誰かを悪者扱いするとき、必ずそこには誰かへの愛が隠れていると思っています。

彼女のように、自分の愛をすくいだすことができたら、心から感謝することができたら、生きる世界は明るくなります。

私は、幼かった彼女が、かつてお母さんを愛することを選択したように、これから色んな愛を選択していくのだろうなと思っています。
私は、彼女との出会いに、とても感謝しています。

目次

感情を抑えすぎると、感情がわからなくなる 

私たちの心は、あまりにも痛く、苦しい感情を感じないようにすることがあります。
感情を抑圧することで、傷ついた心を守ろうとするのです。

しかし、心は、痛みや苦しみだけを抑えることはできません。
楽しい、嬉しいというような喜びも感じにくくなってしまうのです。

楽しいこと、喜べること、好きなことを感じにくいならば、痛みや苦しみを抑圧している可能性が考えられます。

感情を抑えすぎると、感情がわからなくなってしまうのです。

*

あなたが、好きを選べますように。
あなたが、自分の愛に気づけますように。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

\ 愛と癒しの視点で紐解く/
カウンセリングをあなたへ


どんな悩みも、
たどっていくとその根底には、
「自分は愛されない」という思い込みが
隠れていることがあります。

多くの方の悩みをお聴きしてきましたが、
どんな問題も、
紐解いていくと最後に行き着くのは、

「自分は愛されない」の裏側にある、
「誰よりも愛したかった」
「もっと上手に愛したかった」
という、
切ないほどの「愛したい」思いでした。


そして、
その切なくて大きな
「愛したい」という思いに気づき、
そっと受け取ることができたとき、

心は、
「愛されない」
という呪いから解放されます。


それを私は、
「癒し」と呼んでいます。


もう、ひとりで悩まないでください。

もう、ひとりで頑張らないでください。

「愛されない」が作り出す、
苦しい現実をおしまいにしませんか?

自分らしく輝く毎日を、取り戻しませんか?


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