「大切にされなかった」という誤解を解く。端午の節句、夫の古い兜に宿っていた「想定外の愛」

こんにちは

カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

 

今日は端午の節句、子どもの日ですね。

昔は、男の子の成長や幸せを願いお祝いする日だったそうですが、
今は男の子だけでなく、子どもたちみんなをお祝いする日になったのだそうですね。

子どもたちの成長や幸せを願い祝うことが、時代を変えても残り続けていることに、
昔から人の中にある愛というものは変わらないのだと感じますし、
どの子たちも誰かに幸せを願われてきたと思うと明るい気持ちになります。

 

息子の初節句、義母が「しのぶさん、兜どうする?うちにあるんだけど・・・」と、
夫の兜を持って行って欲しいなぁという提案がありました。

私にとっては、1人目の子でしたし、
狭い我が家に見合った小さめな兜がいいなぁと思っていたのですが、
断り切れずに夫の兜で初節句を迎えました。
もちろんその後、新たに兜を買うなんてこともせずにいますけれど。

夫の兜はとても立派で、竜虎の描かれた屏風がついているのですが、しっかりと真ん中に穴が空いていました。

どうやら義母が兜を出し入れする時に、うっかり指で穴を空けてしまったらしいのです。

初節句のお祝いで集まった時に、義母がその屏風を見て「穴開けちゃったのよね。ハハハ」と言ったのです。

当時は、息子のはじめてのお祝いなのに、
穴が空いているなんて縁起が悪いと思えましたし、
断り切れずに受け継いだ古い兜だっただけに、当時はなんか嫌な感じと思ったものでした。

でも月日がたって、今となっては、そんなことも義母らしい微笑ましいエピソードなんですね。

それに、その兜はおじいちゃん、おばあちゃんが、
赤ちゃんだった夫の成長や幸せを願って用意してくれたものですから、
屏風に穴が空いても愛を感じられる縁起物なのかもしれません。

目次

幸せを願うことも、愛すること

私たちは、愛したい生きものだといいます。

だから、愛さないでと相手に拒絶されると、とても悲しくなります。
そして、悲しくて、さみしくて、腹を立て、憎んで、嫌って、
目の前の人を愛せないと、そう思った自分を責めて、心はとても苦しくなります。

また、拒絶されることがなくても、上手に愛せないと思うと心は痛むのです。

でも、直接なにかをしてあげられなくても、
ただ心から誰かの幸せを願うことができれば、心は愛で満たされます。

幸せを願うことは、愛することなのです。

*

あなたが、大切な人のしあわせを願えますように。
あなたが、しあわせでありますように。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

\ 愛と癒しの視点で紐解く/
カウンセリングをあなたへ


どんな悩みも、
たどっていくとその根底には、
「自分は愛されない」という思い込みが
隠れていることがあります。

多くの方の悩みをお聴きしてきましたが、
どんな問題も、
紐解いていくと最後に行き着くのは、

「自分は愛されない」の裏側にある、
「誰よりも愛したかった」
「もっと上手に愛したかった」
という、
切ないほどの「愛したい」思いでした。


そして、
その切なくて大きな
「愛したい」という思いに気づき、
そっと受け取ることができたとき、

心は、
「愛されない」
という呪いから解放されます。


それを私は、
「癒し」と呼んでいます。


もう、ひとりで悩まないでください。

もう、ひとりで頑張らないでください。

「愛されない」が作り出す、
苦しい現実をおしまいにしませんか?

自分らしく輝く毎日を、取り戻しませんか?


カウンセリングで、
お手伝いをさせてもらえませんか?


ご予約の際は、
「なかやしのぶのカウンセリング」
とお伝えください

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次