「自分の悪いところ」を数えて、布団で泣いていた私。私が「努力」を鎧にして生きた理由

こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

少し長い話になりました。
4回に分けて、お届けします。

今回は、1回目のお話です。

目次

自分の中に生まれた「価値のない私」

私は、子どものころ、随分とおっとり、ぼーっとしていました。

頭のモヤモヤとしたものが、すっきり晴れたように感じられたのって、
中学生になってからだと思っています。

現実と空想の世界を行ったり来たり、気になるものが目に入ると、
それが何なんだろうってじーっと見つめたり、考えてしまったり。

だから、やらなければならないことは、だいたい後回しになりがちでした。

幼稚園に入ると、母は、そんな私の行動が気になったようです。

小学校に上がるまでに、
文字を覚えたり、ちょっとした計算もさせられた記憶があります。
周りのお友だちと一緒に、小学受験もしたんです。

それは、心配性の母が、
小学校に入って困るから、少し早めに覚えさせないと、
お友だちと同じくらいできるようになっていないといけない、と考えたんだと思います。

「いいところはない」という思い込みと、隠された涙

でも、やっぱり私は、のんびりして、マイペースで、
母の思うようには、集団生活についていくことはできませんでした。

落とし物もよくしたし、忘れ物も多分たくさんしたんじゃないかしら、
何をするにも時間がかかって、給食だって残してばかりいました。

母は、要領のよくない私に、厳しく当たることがありました。

「どうしてそんなこともできないの?」って言葉、
要領のいい妹と比べられること、そういうことに、いちいち傷つきました。

私は、だんだんと、自分の悪いところ、よくないところを数えるようになりました。

「髪の毛が少ない」
「顔がぶさいく」
「手の形がきれいじゃない」
「足が長くない」
「すぐお腹が痛くなる」
「声が小さい」
「泣き虫」
「頭がよくない」
「運動ができない」
「ご飯がたくさん食べられない」
「うそつき」
「やさしくない」・・・数えだしたら止まりません。

 

母に怒られるたびに、またいちいち最初から自分の悪いところ、
よくないところを数えて、「いいところ1つもないな」と思っていました。

時々、どこかに消えてしまいたくなるような、
存在することが恥ずかしいような、そんな苦しい気持ちを感じました。

何ともなく、楽しく笑える時だっていっぱいあったけど、
母にやさしくしてもらったことだってたくさんあったけど、
時々、そんな気持ちになって、苦しくなってしまうことってありました。

「私には、いいところは1つもない」
「私は、見た目も中身も悪いところばっかり」
「私には、やさしさがない」

そんな風に思うから、もちろん誰にも苦しいなんて言い出せませんでした。

布団に入って、こっそり泣くだけでした。

私は、こっそり泣くほかに、
傷つきを隠すために、努力することを身に着けて大人になりました。

*

続きはまた今度。

最後まで読んでくださりありがとうございました。


\ 愛と癒しの視点で紐解く/
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どんな悩みも、
たどっていくとその根底には、
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