こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
この間、認知症の母が家からいなくなってしまったことがありました。
母は、徘徊してしまったのです。
母は、地域の徘徊常習者さんとして登録しています。
いなくなったと連絡すれば、すぐに探してもらえますし、どこかで見つかってもすぐにどこの誰だかわかるようになっています。
完璧ではないかもしれないけれど、すぐに対応できる体制は整えているんです。
その日も、妹と「お母さん、どこ行ったかなぁ」とやりとりしているうちに、あっさりと見つかりました。家から歩いて10分とかからない場所で、見つけてくれた人が警察に連絡してくれたのです。
母は、すぐに迎えに行った妹の顔を見て、「あら、来たの?」と言って笑ったそうです。
母にとっては、徘徊でも、迷子でもないんですね。
家族としては、事故が心配だし、いろんな人に迷惑をかけて、助けてもらうことになるので、申し訳ないし、ちょっと困ってしまうんですけど。
その日、私が実家に着くと、母は庭で草むしりをしていました。
そして、私たち家族に気づくと、門まで歩み寄り、笑顔で迎えてくれました。
陽気のいいこの季節、母は外に、お散歩に出掛けたくなるんだろうと思います。
植物の好きな母、外に出れば、ご近所の庭の木や道端の花に、いい気分や元気をもらうのでしょう。
テーブルには、道端で摘んできたタチイヌノフグリが水を張ったコップに飾られてました。
私も妹も、その花を眺めながら、母の鼻歌を聴きながら、笑い合いました。
私と妹には、それぞれ家庭があって、仕事もあって、母につきっきりでお世話できません。
お互いにはっきりと口にするわけではないけれど、私も妹も、そのことに罪悪感を持っています。
だから、母が花を摘んできたこと、その花をコップに飾っていること、鼻歌を歌っていること、笑ってくれることに、いつもとても救われます。
お気楽な母を見て、私と妹は目を合わせて笑い合いながら、救われた思いを、分かち合っているんだと思っています。
私も、多分妹も、何も言葉にはしないけど、切ないような、愛おしいような、何とも言えない気持ちです。
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その日の晩は、みんなで実家から歩いてご飯を食べに行きました。
私は、歩くのがゆっくりになった母と腕を組んで、おしゃべりをしながらお店まで歩きました。
歩きながら、「お母さん、寂しくない?」って聞きました。
それは私が、一番気にしていることです。
母は、なんて言ったと思いますか?
「ん?」って少し考えてから、
「寂しくはないわね。毎日あーして、こーしてって、やることあるでしょう」って言ったんです、笑顔で。
私は、妹に、「お母さんに寂しくないか聞いたら、寂しくないって」と伝えました。
妹は、「そうだよ、お母さん、一人でいることなんてほとんどないんだから」と、当たり前のように言いました。
そう言いながら、私と笑い合う妹の表情は、ホッとしているように見えました。
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私は、妹にとても感謝しています。
実家の近くで暮らしてくれているからだけではありません。
私が母に対して持っている罪の意識を、妹も一緒に持って感じてくれるから、
そして、その罪を一緒に許そうとしてくれるからです。
だから私は、妹が持つ母への罪悪感を、いつだって、全力で「そんな風に思わなくていいよ」って否定しようと決めています。
母が、嬉しそう、楽しそう、幸せそうにしていたら、何でも妹に伝えて、分かち合おうって思っています。
きっと母も、そうやって娘たちが仲良くすること、笑い合っていること、喜んでくれるはずです。
もしかしたら、母の心の底にも罪の意識があるんじゃないかなって思います。
だとしたら、やっぱり娘たちと笑い合えることは、母の心を軽くするはずなんだと思います。
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親を大切にしたいからこそ、罪悪感を抱いてしまう
親が年を重ね、できないことが増えていくと、多くの人は、がっかりしたり、怖くなったり、
何をすればいいのか悩み、「もっと、何かできるのではないか」「自分は、親孝行ができていない」と自分を責めてしまうものです。
自分の仕事や家庭があれば、親につきっきりでいることは難しく、介護サービスを利用したとしても、「これでいいのかな」「育ててもらったのに、自分は何もしてやれない」という罪悪感は、簡単には消えません。
でも、だからこそ、親の笑顔や、穏やかな時間を、親子で、家族で分かち合うことは、とても大切です。
「今日は楽しそうだったよ」「笑っていたよ」そんな一言を、誰かと分かち合えたら、
「これでよかったのかもしれない」と、自分自身を少しずつ許す力になっていきます。
親を愛しているからこそ生まれる罪悪感も、家族で分かち合うことで、少しずつ愛や安心へと変わっていくのです。
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あなたが、自分の愛を大切にできますように。
あなたが、愛に癒されますように。
最後まで読んでくださってありがとうございました。

