こんにちは、
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
少し前の話しになりますが、小学生の娘の運動会に行ってきました。
コロナ流行で、昨年は運動会はありませんでした。そして今年は開催したものの、2学年ごとに競技行って、生徒も保護者も入れ替わるスタイルの運動会でした。
2学年だけでしたから、逆に集中してじっくりゆっくりと運動会を観覧することができました。
娘は6年生で、組み合わせの学年は1年生でした。
私は小さな子どもが大好きなので、1年生の踊りを楽しみにしていました。
ついこの間まで幼稚園や保育園に通っていた子どもたちが、
小学生というちょっと大人気分で、一生懸命に踊っている姿は、何度見ても可愛らしくて大好きなんですね。
それで子ども一人ひとりを順番に見ていたら、
年配の男性がお手本となって、ひとりの子の前で踊ったり、移動を誘導する姿が目に留まりました。
私はその光景を眺めていて、うわぁとこみ上げるものがあって、涙が出てきてしまいました。
*
私の甥っ子、妹の息子には発達障害があります。
幼稚園のころ、先生に言われて検査を受けて診断が出たのです。
その甥っ子が、小学生の時に授業を受けるサポートをするのに、ボランティアの年配の男性がついてくれていたことがあったのを思い出しました。
私は、実際にその様子を見たことはありませんが、あんな風にしてもらっていたのかなぁと思って眺めると、涙が出てきました。
その当時、甥っ子の母親である私の妹は一生懸命でした。
毎週別の学校で行っている通級という、甥っ子が生きやすくなるための授業を受けに通っていましたし、その先生の指導やアドバイスを熱心に聞いていました。
自身でも、学習に遅れが出ないように、自宅学習を習慣化させてもいました。
私は、妹の教育に対する熱心さにいつも感心していました。
それでも、甥っ子が人並みにできないことがあると、先生に呼び出されると、
まるで母親である自分が責められているような、苦しい気持ちになっていたことでしょう。
当時の妹は、よく甥っ子を叱っていましたし、よく愚痴もこぼしていました。
「みんなわからないんだよ」そう言っては、目に涙をためることもありました。
私は、そんなことまで思い出して、
妹の苦しみをもっとわかってあげたかったなぁ、もっと上手に励ましてあげたかったなぁと思いました。
運動会のその場面に、お母さんの存在はありませんでしたし、
その子のお母さんは少しも苦しくないかもしれないけれど、私は心の中で「大丈夫だからね」と妹に言うように呟きました。
一所懸命踊っている子にも、「頑張れ」と心の中で呟きました。
小さなころは泣いてばかりいた甥っ子も、今は高校生です。
もうボランティアの方がついて授業を受けるなんてことはありません。
友だちもいるし、部活も楽しいようです。
そんな風に育ったのも、妹の愛情と関わってくれたたくさんの人の愛情があったからだと思います。
うまく言葉で表現できないけれど、妹と世の中のお母さんたちみんなを愛してあげたい、
抱きしめてあげたい、「ありがとう」と伝えたい、そんな風に思いました。
イライラは頑張りすぎているサイン
仕事や家事、子育てに一生懸命になっているお母さん、お父さんは、
自分ができるところは自分がやる、誰かの分まで自分がやると自立的でいますが、
その頑張りをわかってもらいたい、労ってもらいたい、助けてもらいたいというような依存的な気持ちも心の中にあるものです。
その依存的な気持ちを否定して我慢しすぎると、後に爆発したリ、潰れてしまったりしますから、
定期的に誰かに話を聞いてもらう、やさしくしてもらうなど、誰かに甘えることは大切です。
子どもにイライラする、夫や妻に腹が立つなどがあれば、爆発寸前、頑張り過ぎているサインなのです。
*
あなたが、自分の愛に自信を持てますように。
あなたが、朗らかでありますように。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

