「この子だけは一番愛していい」。母になって気づいた、お姉ちゃんだった私の寂しい思い込み

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カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

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「この子だけは私が一番愛してもいい」と感じた日

私には子どもがいますが、1人目の子どもがまだ生まれて間もないころに、自分自身で不思議に思ったことがあります。

「あぁこの子だけは私が一番愛してもいいのだ」
「この子だけは、私が一番愛しても許される」と、
これほどの幸福を感じたことはないという思いになったことがありました。

この思いが自然と出てきた時に、
「一番愛していいなんて」とおかしく思ったもので、ずっと心のどこかに引っかかっていました。

私には2つ年下の妹がいます。学年は2つ違いですが、私が1才半で下の妹がうまれました。

ですから小さなころの私の記憶では、母はいつも妹と一緒でした。
私は、父や祖母と一緒に手をつないだり、抱っこしてもらったりすることが多かったし、
写真もいつも父と祖母と一緒でした。

私は1人目の子どもでしたし、初孫でもあったのでいろんな人たちにとても可愛がってもらいましたが、
母と手をつなぎたいな、母の側にいたいな、母と2人きりになりたいなと思っていたのをよく覚えています。

妹がある程度大きくなると、今度は私の専属だった父は妹も一緒に可愛がるようになりました。
私は妹に母をとられてしまったのに、今度は父もとられると思って悲しくなることがよくありました。

 子どもの私にとって、最大のライバルは妹でした。

一緒に遊べるようになると、妹はあらゆる場面で、
「お姉ちゃんより、私の方が優しくされている」
「お姉ちゃんより、私の方がなんでもできる」と張り合ってきました。

母と父に愛されたい私は、そんな妹に焼きもちをやいてケンカになったこともたくさんありました。
でも父は姉妹仲良く遊ぶ姿を見るととても喜びましたし、「お姉ちゃん」という言葉を使って我慢もさせました。

私は、妹のように両親に甘えたい、可愛がられたいという気持ちを抑えるしかなくなりました。

私は自分の存在を控えめにするようになった

大好きな母と父に嫌われたくなかった私は、
妹に両親をとられてしまう悲しさや寂しさ、悔しさや怒りや恨みを隠すようになりました。

そして、そんなことを感じてしまう自分は、心の冷たい悪い子なのだと思うようにもなりました。

しかし、まだ子どもでしたから、いつも怒りや恨みを上手に隠せたわけではありませんでした。
時々癇癪を起こしたり、拗ねたりもして、両親を困らせました。

私は、困った両親の様子を見ては、
感情を上手にコントロールできない自分を、素直になれない自分をどんどん嫌いになっていきました。
妹の言う通り、私は妹に敵わない、敵うはずがないとも思いました。

今にして思えば、赤ちゃんのお世話は母親が、少し手が離れた子は父親が面倒を見るのはごく当たり前のことです。
私にも2人の子どもがいるので、どちらかが特別可愛いということがないこともよくわかります。

ただ小さなころの私にはそれが理解出来ずに、
大好きなお母さんも、お父さんも「悪い子の私より、できのいい妹が可愛いい違いない」
「大好きな母さん、お父さんだけど、妹に譲らないといけない」と思い込みを作っていたのです。

子どもの時にそんな思い込みを作ったので、
友人関係や職場での関係でも、大切な夫に対しても、自然と自分の存在を控えめにするようになっていました。
誰かの思いよりも、自分の気持ちや態度が前に出ないように、目立たないように気を配るようになっていました。

そうすることで、私の心も、人との関係も穏やかなものではありましたが、
本当の意味での幸せは感じることはできていませんでした。

母親になって出会えた本当の気持ち

自分の気持ちを抑えたり、譲ったりすることは、相手を傷つけたくなかったからですが、
相手を傷つけないことは、自分を「攻撃させない」「傷つけさせない」と、自分の心を守るためでした。

自分を守ることに一生懸命になりすぎて、
「大好きな人を思いっきり愛したい」「もっと全力で愛を表現したい」と、
本来の自分らしさを表現できずに生きてきたのです。

私は、母親になってはじめてやっと自分の本当の思いに出会うことができて、
本当の幸せがどんなものなのかを知ることができました。

 あの時、うまれて間もない赤ちゃんに少しの怖れも感じずにいられたから、
素直な自分の気持ちを感じることができたのだと思います。

怖れがなく愛を感じられる、それが幸せのあるべき姿なのだと思います。

「人間は愛したい生きもの」だそうです、
本当にそうだよなと心から思えるようになりました。

今の私は、誰かを愛することに一番ということは思わなくなりました。
ただ愛したい自分の思いを表現していきたいなと思っています。

自分の存在を控えめにする癖はまだまだ抜けきりませんが、
自分の「愛したい」を大切にしたいと思い返すようにしています。

ライバルだった妹は、私にとってかけがえのない大切な存在です。
その妹と一緒に、
亡くなった父との思い出や、お世話の必要になった母を、私たちの家族を、思いっきり愛そうと思っています。

*

あなたが、怖れを乗り越えて愛を感じられますように。
あなたらしく、大切な人を愛せますように。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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