こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
先日、神戸メンタルサービスの心理学入門講座で、『自信のある自分を取り戻すために』というテーマを担当しました。
「どうしたら自信が持てるの?」
「なぜ私は、自分を好きになれないの?」
そんな悩みを抱える方は少なくありません。
実は、自信は能力や成功体験だけで作られるものではなく、幼い頃の体験や、自分自身に対する思い込みが大きく関係しています。
今回は、講座でもお話しした内容をもとに、自信を失う心理と、自信を取り戻すためのプロセスについて、私自身の体験も交えながらお伝えします。
自信の心理学
私たちは、「自分には愛される価値がある」「自分には人を愛する能力がある」と、その価値や能力を、もっと大きくできるなと純粋に心から思える、信じられる時、自分に自信を持てているものです。
逆に言えば、「自分が愛されるわけがない」「人を喜ばせたり、助けたり、愛したりするのに、自分の能力じゃ足りない」と、そう思えるならば、自分に自信を感じてはいないのです。
でも、赤ちゃんの頃の私たちは、何もしなくても、あるがままで、人を癒し、人を喜ばせ、自信を感じていました。
どんなに泣いたって、ミルクがもらえて、オムツを変えてもらえて、抱っこしてもらえますし、ニコッと笑えば、簡単に人を幸せにすることができたんです。
だから私たちはみんな、自信を持っていた過去があると言えそうなんですね。
では、いつ自信を失ったかというと、赤ちゃんから子供へと成長していく中で、躾があって、競争があって、たくさんの人と出会って、いろんな価値観を知って、「何かができる自分でなければ愛されない」「何かができない自分では、人を喜ばせられない、がっかりさせてしまう」と、そう感じてしまったからです。
「そのままの自分で愛される価値がある」「そのままの自分に人を愛する能力がある」とは、信じられなくなっていったからなのです。
自信を失った私の話(事例)
私は子供の頃、ずっと、「お母さんは私のこと、嫌いなのかもしれない」思っていました。
なぜなら、私には1才半違いの妹がいて、幼いころ、お母さんの隣には、いつも妹がいました。
私を、抱っこし、手を繋いでくれるのは、いつもお父さん。「お姉ちゃんだから」と、私は、お母さんとは引き離されていたんです。
私には、お母さんに抱っこや、手を繋いでもらった記憶がありません。抱っこも、おんぶもしてもらったはずなのに、抱きしめてもらったことも、きっとあるんだろうけど、ちっとも記憶に残っていないんです。
そんな私は、お父さんのことは大好きだけど、「お母さんがいい」「なんで私はだめなの?「妹ばっかりずるい」と、いつも思っていました。
だけど、その言葉を口にすることはできませんでした。
だって、声にしてしまったら泣いてしまいそうだったし、もし泣いてしまったら、「お姉ちゃんなのに・・・」と呆れられ、叱られて、もっとお母さんに嫌われてしまうと思ったんです。
それに、お母さんに、「しののことは、あんまり好きじゃないのよ」「お母さんは、妹の方がかわいいの」なんて言われてしまったらと思うと、こわくて、悲しくてたまらなくて、
私は、お母さんに甘えたい気持ちも、妹はいいなぁという気持ちも、誰にも見つからないように、心の中に隠して強がりになりました。
また、子どものころの私は、のろまで、要領が悪く、妹や同級生のように色んなことがうまくできなくて、しょっちゅうお母さんを心配させ、イライラさせました。
だからお母さんは、私を厳しくしつけること、叱ること、結構多かったんです。
怒るお母さんは、とても恐くて、私は怒られるたびに、「やっぱり、お母さんは、私のことが嫌いなんだ」と思ったし、
本当はお母さんに甘えたいと、思い続けていることがバレたりしたら、いつまでも赤ちゃんみたいで、お母さんは、ますます私を怒るだろうし、もっともっと嫌いになっちゃうと思えました。
だから私は、色んなことがみんなと同じようにできるように、頑張って頑張って頑張って、それでもまだ追いつけなくて、だからまた頑張ってと、人より頑張ること、備えておくことに、精を出す様になりました。
そうやって必死になって何者かになろうとしながら、心の中では、お母さんを喜ばせられない、がっかりさせた自分を自分で嫌い、お母さんに嫌われたと思って傷ついた、心の痛みをないことにして、自分自身を責めること、ダメ扱いすることをやり続けていたんですね。
私の話(事例)を紐解くと
この話は、YouTubeにもなっている、過去のK1グランプリの講演の一部分なんですが、
私の場合、妹が生まれたことをきっかけに、世界は一変したんだと思います。
赤ちゃんである妹の方が、手がかかるわけだし、赤ちゃんは一人で何もできないから、お母さんがお世話しなければならない、少し大きくなった私には、自分のことは自分でして欲しいし、そういうことも覚えていく年頃でもありました。
ここに母の愛がないなんてこと、全然ないです。
だけど、大好きなお母さんに、あるがままで愛されている赤ちゃんの妹と、自分のことは自分でと言われる私と、まだ2歳前後の子供からしたら、絶望的なことだと思いませんか?
愛されるのは妹、愛し上手も妹、自分はそうじゃないって、自信を失ったわけです。
ここで、母にどう思っているかを聞くことができたら、状況は変わったかもしれません。だけど私は、強がることを選んでしまいました。
自分の傷ついた気持ちを抑えて、母親をがっかりさせる自分を嫌い、少しも自分に優しくすることをしませんでした。
そうやって大人になった私は、おかげ様で、頑張ることは身についたし、それなりに人並みに、いろんなこともできるようになりました。
だけど、自分で自分を肯定することができないまま、好きになれないまま、何かができ、何かを持たなければ、愛される価値がない、何かができ、何かを持っていなければ、人を愛することができないと思っていました。
あるがままの自分に愛される価値があり、人を愛することができるとは信じることができなかったんですね。
自信を取り戻し始めるには
今でも、完璧に自分に自信があるとは言えませんが、私が自信ある自分を取り戻し始めたのは、幼い頃の母に嫌われたという間違った思い込みに気づいたり、幼い自分が、どれほど悲しかったかを受け入れたからだと思っています。
私は母が大好きで、母を喜ばせたかったということに気づき、その母への愛に素直になれたからなんですね。
そうすると不思議なことに、母が私を愛してくれたと思えるエピソードが、次から次へと思い出されるようになっていきました。
強がりで、決して素直でない憎たらしい態度の私であっても、母は愛し続けてくれていたこと、頑張ることや、備えることに必死になっていたのは、母を喜ばせたい思いがあったこと、
そして母には、そんな頑張り屋の私に、きっと安心できた部分があっただろうこと、それが真実なんじゃないかと思えるようになっていったんです。
そう思えると、どんな私であっても、愛される価値があり、愛する能力があるのだという思いに変わっていきました。
もちろん完璧にでも、完全にでもありませんが、子どものころの強い思い込みはかなり薄れていきました。

