「愛を見抜く目」を持てば、世界はやさしくなる。夫がおじさんの靴下を借りて、大笑いした理由

こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。


90歳で一人暮らしをしている夫のおじさんの家に行きました。

夫は、今年おばさんを亡くして、一人暮らしになったおじさんの様子が気になっていたのです。

 その日は気温が高く、夫は素足にサンダルを履いていました。

おじさんの家に上がると、裸足の夫に、「おい、スリッパを履けよ」とおじさんは言いました。

夫は、「いいよ~、今日は暑いから~」と言ってスリッパを履かずにいたら、おじさんは自分の靴下を持ってきて、「これを履きなよ」と夫に差し出しました。

ちょっぴり潔癖症で、他人の靴下なんて履きたくないであろう夫でしたが、「あぁおじちゃん、ありがとう」と苦笑いしながら靴下を受取って、すぐに靴下に足を通しました。

おじさんは、靴下を履いている夫を見て満足そうに頷いていました。

フローリングに素足じゃ寒かろうと靴下を手渡すおじさんのやさしさと、その気持ちにこたえる夫のやさしさに、私は、あたたかい気持ちになりました。

以前にも、夫とおじさんのやさしいやりとりをブログ記事にもしましたが、やっぱり私は、夫とおじさんのやさしいやり取りがとても好きです。

見方を変えると、おじさんは、靴下を履かせたいという自分の考えを押し付けたのかもしれませんし、夫も嫌々我慢して靴下を履いたのかもしれません。

でも、相手を思う気持ちいっぱいからの行動、相手の思いを汲み取ってした行動、そんな風に愛を信じる心、愛と見抜く目があればどんな場面もやさしさに溢れてしまうものです。

夫が、おじさんの靴下を履いて帰ってあげようと靴下のままサンダルを履いたら、おじさんに「靴下返せよ」と言われていたのには大笑いました。

誰かと笑い合えるしあわせに、また心があたたかくなりました。

目次

愛を選択できないのは、怖れのせい 

相手が自分を受け入れてくれるかどうかが気になって怖くなってしまうと、相手を喜ばせたり、楽しませたり、良かれと思て何かすることをためらって、行動できないことがあります。

でも、自分を受け入れてもらえなかったらという怖れを越えて、相手を喜ばそう、楽しませよう、きっと相手のためになると思い切って行動することができると、相手や周りの人を元気づけたり、勇気づけたりすることができます。

何より、相手に思いが届けば自分の心が満たされるのです。

*

あなたが、愛することを選択できますように。
あなたが、たくさんの愛を感じられますように。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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どんな悩みも、
たどっていくとその根底には、
「自分は愛されない」という思い込みが
隠れていることがあります。

多くの方の悩みをお聴きしてきましたが、
どんな問題も、
紐解いていくと最後に行き着くのは、

「自分は愛されない」の裏側にある、
「誰よりも愛したかった」
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その切なくて大きな
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そっと受け取ることができたとき、

心は、
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もう、ひとりで悩まないでください。

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