こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
あの頃の私は、「愛されたい」と強く願っていました。
だけど心の奥には、「どうせ私は愛されない」という思い込みが、ひっそりと隠れていました。
そんな私は、夫との大戦争の中で、
「愛されたい」と願いながら、「どうせ愛されない」とも思っていました。
その相反する思いに、心が引き裂かれそうだったのです。
返事を求めないメッセージ
ところが、カウンセリングが、そんな私を救うことになるのです。
私は、夫と面と向かうと、怒りが吹き出て冷静になれなかったし、しょっちゅう夫を責めるメールをしていましたが、
時々、夫に、素直な気持ちをメッセージにして送ることもあったんです。
カウンセリングを受けていく中で、それは続けた方がいいということになって、
返事を必要としない、短文の、
子どもたちのこととか、日常のこととか、素直な気持ちや、感謝を伝えるということを、
意識してやるようになって行ったんですね。
子どもがこんなことをしたとか、
美味しい何かを食べたとか、
お給料ありがとうとか、そんなちょっとしたことです。
するとね、
次はいつ家に帰るとか、
子どもたちをどっかに連れて行ってあげるとか、体気をつけてとか、
時々だけど、返事が来て、
2人の中で、大ゲンカを一旦リセットする、一旦許す合図となり、小さく立ち直ること、一応夫婦を続けることができました。
息子の「ママ、早く」
それと、もっと大きな気づき、どれもK-1グランプリで講演したことがありましたが、
私の父が危篤になって、病院に向かうってなった時、
その頃、反抗的な態度で困らせていた息子が、
危篤の電話を受け、動揺して動けなくなっていた私に、「ママ、早く」と言って、引っ張ってくれたことがあったんですね。
その息子の頼もしい行動に、私、ハッとしたんです。
浮気され離婚を切り出され、親にも頼れなくなった自分だけが、不安で、寂しくて、どうしようもないって思っていたけど、
息子は、反抗的な態度で、
ムカつくよね、不安だよね、どうにもできない自分が嫌になるよね、同じだよって、
一緒にいるよって伝え続けてくれていたんだなって気づいたんです。
そういう見方ができるようになったんです。
愛は、すでにあった
息子だけじゃなくて、娘だって、両親だって、妹だって、友達だって、カウンセラーだって、ずっと私に優しくしてくれているのに、こんな状態だって、一緒にいてくれるのにって、それが愛だってことに、私はやっと気づくことができたんです。
すると、カウンセラーが言い続けてくれていた、「夫婦は同じ感情を感じている」という言葉が心にスッと入ってきました。
夫も、ずっと私と同じ気持ちだったのかもしれない、夫も寂しかったのかもしれない、夫もわかって欲しかったのかもしれない、夫も苦しいのかもしれない、私たちには、分かち合える思いがあるかもしれない・・・
私が気づかなかっただけで、夫はずっと、一緒だろう、同じだろうって分かち合おうとしてくれたんじゃないかってそんな発想が持てるようになったんです。
それと私は、夏休みに娘が持ち帰った朝顔を、放ったらかしにしたことがありました。
水もやらない、炎天下で枯れればいいって、こんな大変な時に、朝顔を育てる余裕なんてないからって。
でもその朝顔は、水をもらえないそんなに苦しい環境でも、脇芽を伸ばし、きれいな花を何度も咲かせました。
私は、夫の浮気、父の死、母の認知症と、大変なことが一度に起きた苦しい状況で、
なんとか耐えている自分と、その朝顔を重ねました。
朝顔がこの状況で花を咲かせたんだから、私にも希望あるんじゃない、もしかして大丈夫なんじゃないって、諦めないで頑張ろうって思うきっかけになりました。
(この話は、YouTubeになっていますから、詳しくは是非、そちらをご覧くださいね)
愛し合えない悲しみ
また、子どもたちをハイキングに連れ出して、
きれいな小川が流れる、苔の緑のきれいな場所に出た時、
その景色の美しさを感じたと同時に、「夫を連れてきたい」「夫にも見せたい」と思った瞬間、
すぐに、「そんなこと、もう叶わない」と、夫を愛したくても、愛せない悲しさに打ちのめされたことがありました。
心理学には、「愛し合えない悲しみ、愛し合えない苦しみ」という言葉があります。
人の心が悲しく、苦しいのは、誰かや何かと、愛し合えないことしか理由がないという意味です。
じゃあ、こんなに悲しく苦しい思いをし続けている私は、どれだけ夫と愛し合いたいんだろう、私の中には、ずっとこの疑問がありました。
だって、どうしても怒りが出てくるもの、憎らしいし、気持ちが悪いし、一生苦しめてやりたいって思うものって。
でも、山の中で、「もう叶わない」と、涙を流して、夫と愛し合えなくて、悲しい、苦しいんだって、その心理学が、身に染みたんです。
愛される側から、愛する側へ
この衝撃は、とても大きいものでした。私はここから、本気で夫を愛すことを決めました。
離婚したくないのは、子どもが可哀想だから、経済的に無理だから、浮気した夫に仕返ししたいから、それは言い訳だって認めることができました。
私、今までずっと、夫から愛させて、謝らせてきたんだって気づきました。
私、今までずっと、自分から愛を伝えてはこなかったって、初めて気づいたんです。
夫は、それが嫌だって私に訴えていたんですね。
変わってないじゃんって、ケンカ中ずっとそれを言いたかったんですよ。
本気で、私から夫を愛したい、そうしなければ一生後悔する、人生で一度くらい、真剣に愛を告白したい、私まだやってないことがある、やらなきゃいけないことがある、
そう思いました。
下手くそでも、愛を伝える
とはいえ、そうすると決めたからといって、失敗しなかったわけでも、すぐにうまく行ったわけでも、心が揺らがなかったわけでもありません。
ごめんとか、愛しているとか、大切だとか伝えたって、目が見れなかったとか、
笑えなかったとか、嫌味になっちゃったとか、そんなこといっぱいやりました。
それにこれまでの経緯があるので、夫は、私の言葉を疑いまくります。当たりがもっと強くなったり、引きこもられたりもしました。
だけど、下手くそだって、愛を伝えられた心は、実はそれほど悪くなかった。案外清々しかった。
夫を罵り怒りをぶつけるより、ずっと気分は良かった。
これは愛かな、あれは愛じゃなかったかな、自分のすることが、愛なのか、愛じゃないのか、それをよく考えました。
夫の欲しい愛ってなんなんだろうって、やっぱり別れることが愛なのかな、そういうことをいっぱいいっぱい考えました。
失敗しても、仕切り直して愛を伝える、これを何度も何度も繰り返しました。
それと、カウンセラーは、失敗する私を責めませんでした。
「よく頑張ったね」って言ってくれました。「月9だよね」「周りは、二人に巻き込まれる脇役だよ」って、笑って言ってくれたんです。
私は、毎回その気になって電話を切りました。
まだ望みがあるのかなって、夫は私のこと好きだったりするのかなって。
なんかすごく許されたような気がしたんです、毎回。カウンセラーが笑ってくれると、すごく心が軽くなりました。
私は、どんどん明るさを取り戻していきました。
ちゃんとしなくていいかって、ほどほどでいいかって、子どもたちと今を楽しもうって、自然と思って振る舞えるようになって行ったんですね。
私が、神戸メンタルサービスのカウンセラー養成コースに入ったのは、この頃、
父を見送り、母も介護サービスを使い始め、少し落ち着いた頃でした。
まだ夫婦修復には至っていませんでした。
でも、苦しすぎる、あの時期はもう過ぎていました。
このスクール、毎月どこかの土日2日間、セミナーがあって、当時はオンラインじゃないから、丸2日出掛けなければなりませんでした。
初めの2回は、実家に泊まりがけで行って、妹家族とか、母に、子どもたちをみてもらっていたんです。私は、このスタイルでやっていこうって思っていました。
別居の終わり
ところが3回目、なぜか夫が自宅に来て、子どもたちを見てくれるってなったんです。
毎月あるからって言ったら、その翌月のセミナーの時にも、夫は自宅に来て、子どもたちを見てくれたんです。
それで、4回目のセミナーで私のいない間に、夫は荷物を運び入れて、しれっと家に帰ってきたんです。その日から、今日までもうずっと家にいるんです、夫。
私たち夫婦の別居生活が、その日終わりました。
それは良かった、めでたしって思うでしょうか?
でも、そう思えたのは、もう少し先のこと、だったんです。

