こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
先日、池尾家ジョイニング(つながり)1DAYレッスン~心のユニバーサルデザイン~にゲストとして参加していました。
ご一緒くださった皆さま、ジョイニングしてくださった方々、池尾さん、千里さんありがとうございました。
ジョイニング三昧で、ずっと感情を感じっぱなしの1日でしたので、疲れや眠気が出ると思います。
どうぞゆっくりお過ごしくださいね。
私は、昨日のセミナー中にもうヘトヘトのヘロヘロになってしまいました。
分かち合いたい、伝えたい、話したいことがあるのに、上手にまとめることができなくて、せっかくの分かち合いの場、恥ずかしい振る舞いだったなと反省しております・・・。申し訳ありませんでした。
1日経って、感情もいつも通りに落ち着いてきて、改めてゆっくりセミナーのこと、ジョイニング体験を思い出してみました。
というより、勝手に思い返して、考えてしまっていたという感じですが。
正直に言うと、私は目の前の人の感情を理解できていただろうか、繋がれていたのだろうかと思うところがありました。
なぜなら、悲しみ、さみしさ、怒り、罪悪感、無価値観、絶望・・・というような感情を感じるようで、もやっとベールに包まれてはっきりと捉えることができずにいたんです。
なんとなく、そんな時間が長くあったような感じがしていました。いいとか悪いとかではなく。
それは恐らく、テーマであった『心のユニバーサルデザイン』、この影響もあったんじゃないでしょうか?
簡単に、みんなにいいもの、みんなにやさしいもの、そうイメージすると、どうしたって悲しみ、さみしさ、怒り、罪悪感、無価値観、絶望・・・感じることに抵抗したくなるのかなって思いました。
でもそんなジョイニングが、不思議とそれが心地よかったから、もっと見つめ合っていたかったから、私はそれを、やさしさなんだと理解しました。
そして、そのやさしさがなければ、ユニバーサルデザインは描けないのだという思いに行きつきました。
私たち子どものころ、「みんなと同じ」ということがとても大事だったと思うんです。
「○○ちゃんと一緒」「□□君とおんなじ」それが、嬉しかったし、安心だったと思うんです。
私たちは、ひとり一人違うけれど、そうじゃなかったらつまらないんだけど、そうだから惹かれ合うんだけど、それはわかっているんだけど、それでも、「みんなと同じ」というあの感覚は、今もずっと大事なのかもしれない、探しているのかもしれない・・・
『心のユニバーサルデザイン』というテーマ、私にはとても難しかったです。今もまだよくわかっていないです。
だけど、皆さんひとり一人は、わたしと違うあなたなのに、何かが「同じ」だという感覚です。
そんな私の心はとてもあたたかくて、晴れやかで、ジョイニングした皆さんの、セミナーでご一緒した皆さんの顔や言葉が溢れてきます。
池尾家ジョイニング(つながり)1DAYレッスン~心のユニバーサルデザイン~に参加してよかった。
皆さん、出会ってくれてありがとうございます。
またどこかでお会いしましょうね♪


