こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
先日、【池尾家・つながりオンラインレッスン90min|自分と対話する、つながりと瞑想の時間】にゲスト参加してきました。
ご一緒してくださった皆さま、ありがとうございました。
池尾家ジョイニングという何度も参加させてもらっている場には、懐かしさと安心が詰まっていました。
いい意味で、緊張しない、心が緩んでしまう、池尾家。
それは、ゲストカウンセラーとして参加する身として、とてもありがたいものでした。
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ジョイニングとは、目と目を見つめ合うだけの心理療法です。
でも、
人の目を見るのが、見られるのがこわい
どうしたら正解かがわからない
大きな感情を感じられないから、毎回、失敗感がある
涙が全然流れない・・・相手と比べて焦りや自分責めが出てくる
内心、こんな気持ちを感じる方も少なくありません。
その場では、取り繕うけど、終わってひとりになって、
「あれでいいのか?」と思い悩んでしまう方もいるかもしれません。
何を隠そう、私がそう思うタイプです。
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だけど、それこそが、ジョイニングの奥深さなんだと思います。
そうやって、思い癖が出てくるから面白いと思うんです。
人の目を見るのが、見られるのがこわい
どうしたら正解かがわからない
大きな感情を感じられないから、毎回失敗感がある
涙が全然流れない・・・相手と比べて焦りや自分責めが出てくる
ジョイニングでなくても、
他のことをしても、きっとそんな風に感じやすいならば、それは思い癖かもしれません。
でもね、そういうものを手放すのがジョイニングなんです。
そんな思いはいらない、そんな判断もいらない。
手放していくんです。
正解も不正解もない、目の前の人が上でも下でもない。
ジャッジしているのは、自分自身なんだと気づく。
これがジョイニングという心理療法の奥深さなんです。
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今回の池尾家ジョイニングは、とても静かでした。
大きな感情に触れることはありませんでした。
愛に辿り着いたな、そんな感覚もありませんでした。
バディがいてくれる、この人はわかってくれている、ただやさしい。
悔しいも、悲しいもあるけど、苦しくなくサラサラと涙が流れる。
それが心地よくて、あたたかかった。
ジョイニングをするにあたり、私の持っていったテーマは、
『忙しさに両手と両足が引っ張られて、どれにも全力が尽くせていない感覚をどうにかしたい』
でも、そんなテーマを思い出すこともなく、ただバディの目を見つめていました。
その時間は、ただ目の前を見つめるだけ。
そして、心を任せておくだけ。
でも不思議、今朝になって、そうやってただ一点を見つめるだけでいいのかもって思えました。
できることだけ、やっている今にだけ心を持っていけばいいのかもって思えました。
先々のことばかりを考えている自分に気づけたような気がします。
とはいえ、現実は現実ですぎていきますから、
時々、ジョイニングで解放したり、緩んだり、気づきを受け取る時間が必要かな、
そんな風にも思います。
また、池尾家のジョイニングセミナーがあれば、是非参加したいなと思いました。
久しぶりのジョイニング、気持ちがよかったです。

