こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
このブログが投稿される今頃、私はカウンセラーになる勉強をしている母校の同期である友人の、上級心理学講座のお手伝いをしています。(母校では、上級にあがると、心理学講座を開催することになっているんですね。私も来月開催する予定です)
彼女と私は、初級中級上級と一緒に心理学を学んできた仲間なので、彼女の講座ではお手伝いできたらいいなってずっと思ってきました。
だから私は、彼女が、上級心理学講座を開催するよと言い出した時に、自らアシスタントとしてお手伝いすると志願したのでした。
私たちは、ちょうど卒業を考え始めていたころに、コロナの流行で、対面だった心理学のセミナーが中止されてしまって、オンラインセミナーや講座が始まるまで、少し母校から離れた時期があったんです。
だから、予定していた卒業もだいぶ遅れてしまいましたし、無事に心理学講座を開催できることは喜ばしいことなんです。
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彼女と私は、母校のセミナーで知り合いました。
グループ分けされた時、たまたま同じグループになったんですね。
全く知っている人がいない場所で、受講生という同じ立場、聞けば同学年の同じ年、彼女に親近感を感じました。
私は、彼女を初めて見たとき、「なんて色気のある人だろう」って思いました。
特別セクシーな服を着ていたわけでもないし、いわゆる女性を強くアピールするような感じでもないんだけれど、そんな風に感じたんです。
当時の私は、夫と別居中、しかも離婚するかもしれないなと悩んでいる時でした。
女として魅力のない私、妻失格の私、そして親失格の私・・・もしも私が結婚していなければ、もしも子どもを産んでいなければ、そんなことばかり考えていたころでした。
彼女は、私とは全く違う生き方をしていました。
独身で、バリバリ仕事をしてきた彼女も、彼女の人生で行きづまりを感じて、苦しさや辛さを感じて同じセミナーに参加したわけなのに、
彼女にはじめて会った時、「私にも彼女のような人生の選択があったんだよな」「もしも私が、彼女のような生き方をしていたら、誰も傷つかないでよかったのにな」「彼女のように自由だったらな」って思いました。
だから、私の感じた彼女の色気は、羨ましい、憧れのような、単純に「いいなぁ」って思わせるもので、私の心を強く惹きつけました。
友だちになった私たちは、色んなことを語り合ったし、お互いの幸せを願い合ったし、応援し合ってきました。
どちらかというと、彼女の方が現実の変化が目まぐるしく、私の方が彼女の話を聞かせてもらうことが多かったんです。
全く別の人生を選択してきただけのことはあって、彼女は、私の想像の真逆をどんどん進んでいるようでした。
次から次へとドラマチックな問題を持ってくる彼女に、まるで「幸せになりません!」と言っているような彼女に、私は腹を立ててしまうことも少なくありませんでした。
だから、彼女とぶつかることもあって、「何考えてんだよ!」ってケンカになってしまうことも、何度もあったし、「もう友だちやめよう」って思ったことも何度もありました。
でも、私は彼女と絶交することはできませんでした。
だって彼女は、いつだって怒りん坊の私を許してくれるから。
どんなに険悪になろうとも、彼女は何かあれば、必ず私に連絡をくれたんです。
彼女とのケンカは、本当に私をとても成長させてくれました。
私は、真逆の発想を理解し価値観を広げること、怒りん坊の自分を許すこと、心を自由に解き放つこと・・・それを繰り返し繰り返し学ばせてもらった気がしています。
必死で戦いながら生きている彼女がいたから、どんな私でも信じ認めゆるしてくれたから、私も自分自身の課題に向かう強さを持つことができたんじゃないかなと今では思います。
はじめに感じた彼女の色気は、彼女の生きるというパワーだったかもしれません。
そのパワーを、人生にうんざりしていた私は、分かち合ってもらったんじゃないかなって思うんです。
おかしな考え方かもしれないけれど、彼女とのケンカは、私の心の扉を何枚も取っ払ってくれたような気がしています。
どんなに理解できなくても、腹が立っても、ぶつかっても、ケンカになっても、きっと何か意味がある。
私たちの心は、ちゃんと感じてくれているんだと思います。
その時はわからなくても、いつか意味がわかる時がやってくると信じていたいなって思います。
彼女に、「上級心理学講座の開催おめでとう」と、「出会ってくれてありがとう」と伝えたいと思います。
そして、「これからも、よろしくね」って伝えたいと思います。
心を映し出している
私たちは、目の前の人やものに、自分の心を映し出しているといいます。
だから、関わる人に抱く思いや感情は、自分の本当を教えてくれているのです。
人を羨ましいと思う心も、自分の一部であり、可能性であることに間違いありません。
手に入れたいと願うことで叶うかもしれないのです。
私の住むマンションでは、今、ハナミズキがきれいな花を咲かせています。
そのハナミズキは、鮮やかなピンク色です。
遠くからでも、きれいな花色に自然と目がいきます。
私が、ハナミズキを眺めながら、家に向かって歩いていたときのこと。
向こう側から、3~4才くらいの男の子が、お母さんと赤ちゃんと歩いてきました。
男の子は、何本かあるハナミズキが目にとまったんでしょう。
「あー、ここにも、さくら、さいているよー」って、大きな声で、お母さんに言いました。
私は、男の子は、木に咲くピンク色の花は、さくらって覚えたんだなって思いました。
知っていることが嬉しくて、ここにも咲いているって見つけたことが嬉しくて、側にいたお母さんに、伝えたかったんだろうな、って思いました。
もしかしたら、男の子のお母さんが、桜を好きなのかもしれないなとか、
家族でお花見に行って、それがとっても楽しくて嬉しかったのかもしれないなって思いました。
そんなことを思いめぐらせながら、あたたかい気持ちになって、思わず笑顔になりました
愛を受けて健やかに育つ
子どもは、親からの愛を受けて健やかに育っていくものです。
嬉しいね、楽しいね、かわいいねと、お母さんやお父さんといい気分を分かち合う経験があれば、お友だちにも、嬉しいね、楽しいね、かわいいねと、いい気分を分かち合うことができるようになります。
一緒に感じるということの喜びを、自然に学んでいくのです。
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あなたが、嬉しい、楽しいを分かち合えますように。
あなたが、分かち合いの中で笑っていますように。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

