こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
父は、数年前に亡くなりました。
私は、父は本当に欲しいものを手に入れた、成功者だと思っています。
そんな父の話を、2回にわけてブログでお伝えします。
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私にとって父は、強くてたくましく男らしい人でした。
子どものころから、父が何かを怖がっているところを見たことがなかったし、実際ボクシングや柔道もできて、高い所も真っ暗な所も、お化けも虫も動物も雷も台風も全然へっちゃらでした。
私も、妹や母も、そんな父といると安心でしたし、とても頼りにしていました。
父は、数年前に、脳腫瘍で亡くなりました。
脳幹に浸潤型の腫瘍がありました。
神経を司る脳幹は直接触ることができず、浸潤していくタイプの腫瘍は取り除くということはできませんでした。ですから放射線治療と薬物療法で、進行を遅らせるくらいしか治療方がありませんでした。
放射線治療は、とても効果がありました。
しかし父は、抗がん剤の副作用はとても辛かったようで、先生にお願いして半量にしてもらっていました。
それでも、生存率から想定した年数よりも長く生きたので、随分と運がよかったようです。
父の体質的なものもあったのかもしれませんが、想定より長く生きられたのには、父の前向きな気持ちがあったからなのかなと、私は思っています。
父は腫瘍に、「俺が死んだら、お前も死ぬんだから、仲良くやろう」と言っているだと、ちょっと真面目に、そして笑って言っていました。
そうやって、憎き腫瘍を自分の一部として受け入れてから亡くなるまでの父は、本当に穏やかで幸せそうに見えました。
人は、死を受け入れるのには、5段階の経過をたどると言われいます。
死ぬことを否認し、怒り、死なないですまないかと何かにすがり、何もできないとうつ状態になり、最終的に死を受け入れるようになると言われています。
父もこの通りではありませんが、死を受け入れることに苦しみました。
そもそも腫瘍が見つかったのは、父の右手右足の動きが鈍くなったことを心配して、妹が検査をすすめたからでした。
父は手先が器用で、運動神経のいい人でしたから、多少動きが悪くても、それほど困ることなく日常を過ごしていましたし、本人も大したことないと思っていたようです。
はじめは家族も、「もう歳だね」「お酒飲みすぎたからじゃない」なんて冗談を言っていましたが、箸がきちんと持てないとか、右足が思うように曲がらないとか、そのうちにろれつが回らない時があって、一度検査をとなり、脳腫瘍と診断されたのでした。
結果が出て、父はすぐに電話をくれました。
いつもの明るい調子で、「脳腫瘍だって。あと3カ月だって」と言いました。
私は、何をふざけているんだと思って、何度も聞き返しました。でも父からの言葉は「本当だよ。あと3カ月なんだって」と繰り返すだけでした。
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あなたが、安心していられますように。
あなたが、大好きな人のそばに感じられますように。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

