こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。
若いころの私は、よく本を読みました。
まだスマホもない時代だったので、通学通勤の電車の中で、当たり前のように本を読んでいました。
昼間は小説、寝る前はエッセイみたいなものをと、時間が空けば本を開いていたんです。
物語が好きだったし、それを書く人がどんな人なのかと思いを馳せることが好きでした。
そんな私も、上の子が生まれて、育児本、子どもの本以外ほとんど読まなくなりました。慣れない子育てに追われて、本を読む時間が無くなってしまったからです。
今思えば、そういう時間を作ることに、熱心になってもよかったのにとは思うんですけれど、当時はそんなことを考える余裕は少しもありませんでした。
子どもに手がかからなくなった、ここ最近だって、心理学の本ばかり手に取って、小説を読むことはほとんどありません。
でも、今、ゆっくりゆっくり時間をかけて読み進めている本があります。
読もうと思えば、数時間でさっと読めてしまうのに、どうしてもそうしたくなくて、ゆっくり少しずつ読むことにしている本です。
小説ではなくて、昨年亡くなった小説家の書いた、亡くなるまでの数か月間の日記です。
特別大好きな作家というわけではなかったけれど、若いころその小説家の本を何冊か読んだことがありました。
随分と前に、私はその作家の小説に心を寄せた時間があったんですね。
その小説家の日記は、その日その日にあったこと、思ったことが書かれています。
長い文の時も短い文の時もあります。
私に何にも関係のないことばかりが書かれています。
でもなぜか、日記を読み終えてしまったら、その小説家が本当に亡くなってしまうような、さよならになってしまうようなさみしい気持ちがするんです。
日記の中ので流れていた時間を大事にしたいと思えて、先へ読み進めることができないんです。
ファンでもないのに、その小説家を大事にしたい思いでいっぱいになるんですね。
私は、その本を読み終えたら、また小説を読もうかなと思っています。
自分の時間を大切に使っていきたくて、セラピー的に何か物語を読んでみたい気持ちです。
ここ数年の私は、自分を大切にすることを心掛けていますが、更にそんな気持ちが強く感じられるのは、命の終わりに愛ある日記を残してくれた小説家のお陰なんじゃないかと思えてならないんです。
これから先、私が自分を大切にするということを気に掛けたとき、
この小説家が思い返されるんだろうと思うし、ずっと私の心に生きていて欲しいと思います。
亡くなった人を思い出すとき
私たちは、亡くなった大切な人を思って、もう会えないんだとさみしく思ったり、悲しくなったりします。
でも、こんな風に愛してくれた、あのやさしさが好きだったと、色々思い出してあたたかい気持ちになることがあります。
それは、今その瞬間、心の中でその人が生きているということです。
その人からの愛を感じ、その人と愛で繋がっているということです。
*
あなたが、あなたを大切にできますように。
あなたの心が、愛で満たされますように。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

