夕暮れの街を走る「愛の光」。反射板がイルミネーションに見えた日、私は世界に溢れる優しさに涙した

こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

 
夕暮れ時、人通りの多い道を車で走っていたときのことです。

私は、夫の運転する車の助手席に座って、ただ黙って人の動きを眺めていました。

歩いたり、走ったりしている人たちは、靴やカバンや自転車、色んな所に反射板がついていてキラキラ光っていました。

私には、その動く反射板がイルミネーションみたいにすごくきれいに感じられました。

「ねぇ見て、みんな何かしら光ってる」「みんなが、こんなに光ってるのはじめて見た気がする」と言うと、夫は「ウソでしょ、昔から反射板って結構光っているよ」「危なくないように光るもんだから」と言いました。

夫は、私の発言に、「ウソでしょ」って言うことが多いんです。

でも私は、夫に言われなくても、反射板にどういう目的があるのかはわかっています。
子どもの靴や自転車、キーホルダーなど安全のために身に着けさせたことだって何度もあるんですから。

だから、「そんなの知ってるけど、今日はすごく光がよく見えるなと思ったの」と言いました。

「そうかな、いつもこれくらい光ってるよ」と夫は言いました。

そんなどうでもいい会話を2人でしながら、私は「人を守るための反射板を考えた人はなんて優しいんだろう」「反射板は愛だ」「夫には、いつもこれくらい愛がはっきり見えていたんだ」と思いました。

あそこにも、あそこにも、あそこにも、愛がある、あっちにも、こっちにも、愛がいっぱいだと思いながら見ていたら、涙が出そうになってしまいました。

私は、夫にあやしまれないように、涙をぐっとこらえて、家に着くまで人が身に着けている反射板を眺めました。

反射板を見て泣くなんて、かなりあやしいですよね。

目次

愛は、日常の中にあふれている

私たちは、忙しかったり、心に余裕がなかったりすると、目の前にある愛に気づけなくなることがあります。

でも、少し立ち止まって周りを見渡してみると、誰かを守ろうとする工夫や、誰かを思いやる優しさは、日常のあちこちにあふれています。

それは、大きな出来事ではなく、反射板のような小さなものかもしれません。

愛は、特別な場所にあるものではありません。

気づいた人から、そのあたたかさを受け取ることができるのです。

*

あなたが、愛を見つけられますように。
あなたが、愛を感じられますように。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

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どんな悩みも、
たどっていくとその根底には、
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