「自己犠牲」だと思っていた仕事が、実は「恩返し」だった話。過去に助けてもらった私が、今度は誰かの光になる番

こんにちは
カウンセリングサービスのなかやしのぶです。

 
職場での出来事です。

同僚のお子さんが熱を出して、同僚は仕事をお休みすることになりました。

その日、私は、もともとお休みの日だったのですが、同僚の代わりに急遽出勤することになりました。

その週、私はちょっと忙しくしていました。
仕事以外にも、息子の学校説明会やら相談会やら面談やら、実家の母のお世話とか。

だから、その日の休日を、少し休憩できるなと考えていました。ゆっくり過ごすつもりだったんです。

私は、同僚も急な休みで申し訳なさ感じているだろうな、子どもが熱を出したら休んで欲しいなと思いながらも、「あー休みを楽しみにしていたのになぁ」「なんだかんだ休まずにハードワークしちゃうな」って思ったんですね。

そして、この忙しすぎる現実って、私の心にある罪悪感が強くて、自分に罰を与えるために我慢や犠牲をしているのかしらと考えました。

罪悪感とは、罪深い自分は罰せられるべきと思う感情です。我慢や犠牲はその罰のためにしてしまうなんて言われることがあります。

だから私は、嫌とは言えない、断われないから、忙しい現実を引き寄せ、自分自身に罰を与えているのかしらと思いました。
だとしたら、それは問題だわと思いました。

でも、いざ出勤してみると「さぁやるぞー」と、いつも以上にやる気満々の自分がいました。

辛いとか苦しいなんてことは少しもなく、むしろ仕事をしながら、自分がとてもいい気分であることに気づきました。

「私、これがやりたかったんだった」と忘れかけていた、あることを思い出しました。

実は、子どもたちが小さな時、私は随分色んな人に助けられたんです。

夫婦どちらの実家も近くなく、親戚も友人も近所にいなかったし、夫は仕事が忙しく帰りも遅く休日出勤も多かったので、育児は私1人で抱えているようなものでした。

そんな私は、ご近所さんやママ友、職場の人たちの好意に甘えさせてもらうことばかりだったんです。

例えば、下の子が病気になると、元気な上の子を遊びに連れ出してくれたり、父の看病で病院に行くときには、子どもたちを夜遅くまで預かってくれたり、出掛ける時は車で送り迎えしてくれたり、おもちゃや子供服も貰って欲しいと持ってきてくれたりしました。

それこそ急遽仕事を休まないとならない、長い時間働けないなんて時だって、だれも嫌な顔せずに休ませてくれたり、短時間で働かせてくれていました。

その当時、私は助けてもらうたびに、ありがたくて嬉しくて「いつか私も恩返ししたい」と心で強く思いながら、ありがとうと言っていました。

助けてくれた人たちみんなに、直接お返しできなかったとしても、私がしてもらったように、困った人がいたら、そうやって返していきたいなと思っていたんです。

私や子どもたちに手を差し伸べてくれた人たちみたいに、やさしい人になりたいと思っていたんです。

私は、同僚の休みで代わりに仕事に出て、忘れかけていたことを思い出すことができました。

今の私があるのも、子どもたちが健やかでいることも、あの時の色んな人の助けがあったからに違いないのに、そんな大事なことをなかったことのように過ごしてしまっていたんです。

その日、私は、他の同僚たちにとても感謝されました。
すごく気遣ってもらって、おやつまで貰って、何度も何人もに「ありがとう」を言われたんです。

そして私も、同僚たちの優しさに、自分がやりたかった、「あの時、助けてもらった恩返しをしたい」を思い出させ、叶えさせてもらえたことに、心から「ありがとう」をたくさん言いました。

目次

受け取った愛は、誰かへの優しさになっていく

私たちは、誰かに助けてもらった経験があるからこそ、「今度は自分が誰かを助けたい」と、自然と思えるようになります。
それは、もらったものを、返したくなる本能があるからです。

もし、「あの時、本当に嬉しかった」「今度は、私も返したい」という感謝の気持ちでいるならば、本当のやさしさをもらったということです。
少しでも、我慢して、犠牲してという気持ちを感じたならば、そんなやさしさは生まれません。

そうやって受け取った愛は、自分の中で終わるものではありません。
誰かへ手渡され、またその誰かへとつながっていくものです。

愛とは、そうやって広がっていくものなのです。

*

あなたが、たくさんの愛を受け取れますように。
あなたの愛が、たくさんの人に届きますように。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

 

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